ミラクル☆トレイン
[ 2011.09.21(水) 03:55 ]
SSあり

今さら舞台ネタ

「8月28日の誕生花が桔梗なので、ミラトレの舞台版にちなんだあれやこれを作っちゃおう!」という企画がtwitterの有志の間で開催されていました。
例によって当日に間に合わなかったので、ひっそりと載せておきます。

というわけで、以下、新宿×六本木のSSです。
描写レベルは人畜無害。
(2011.09.22 加筆修正)


今日、六花ちゃんというお客さんが乗車してきた。
とても明るくて元気な女の子だったんだけど、なんだか不思議な子だった。
ううん、その子というよりは、その子をとりまいている空気――うまく言えないんだけど――が不思議だった。

その子は、乗車する直前に拾ったという古びた便箋を持っていた。
中に書かれていたのは、誰かと誰かが祝言を挙げることになりました、というお知らせ。
紙の変色の具合や言葉づかいから、相当古いものであることがうかがえた。
そんなものが駅の近くに落ちていること自体も不思議だけど、もっと不思議なことがあった。
六花ちゃんがその便箋に書かれていた内容を読み上げた後、僕たち全員が感じた懐かしさと、どこかほっとした気持ち。
あれは、いったい何だったんだろう。

好きな人と結ばれること……それはとても喜ばしいこと。
だから、その名前も知らない二人の幸せが嬉しくて、そんな気持ちになったのかもしれない。
でも、それだけでは説明のできない『何か』があった気がする。
それが何なのか、僕には分からない。
昔に体験したことを重ねているだけかもしれないし、単なる僕の思いこみかもしれない。
だけどどうにも心に引っかかって、そして忘れてしまってはいけない気持ちのように思えてきて、僕は新宿さんに相談することにした。
相談相手は、別に誰でもよかった。
でも、なんだかそうするのが一番いいような気がしたんだ。

隣の車両へとつながるドアを開けると、新宿さんの姿が見えた。
でもその体はシートに深く横たえられて、その瞳は閉ざされたまま。
六花ちゃんの悩みは、恋の悩みだった。
そういうことなら俺の出番だな、なんて言って、新宿さんは張り切って相談に乗っていた。
だからたぶん、今は疲れて寝てしまっているのだろう。

僕は新宿さんに近付いて、眠りこんでいるのを確認した。
気持ちよく眠っているのを起こしてしまうのは申し訳ない。
静かにその場を立ち去ろうとしたとき、僕の後ろで、新宿さんが身動きする気配がした。
「……ん?」
振り向くと、起きぬけの新宿さんと目が合う。
「六本木、か……?」
「あ、えっと……」
「……なんだ、どーした?」
新宿さんは目をこすりながら、シートから体を起こす。
起こしてしまうつもりはなかったけど、仕方がない。
「その……相談があって」
「相談?」
新宿さんはゆっくりとした動きで立ち上がると、僕の方へと足を踏み出した。

その時、列車が大きく揺れた。
「うわっ!?」
「わぁっ……!」
まだ完全に起きていないらしい新宿さんは、見事に足をとられた。
ぐらりと傾いたその体を、とっさに受け止める。
僕の体全体に、ずっしりと重い感触がのしかかってくる。
「だ、大丈夫?」
「ああ……悪い」
新宿さんが僕の肩に顔をうずめたまま、小さくうなずく。
この状況がなんだか面白くて、申し訳ないと思いつつも口元が緩んでしまう。
「ううん。でもこれじゃ、昨日と逆だね」

……逆?

僕の口をついて出た言葉に、僕自身が驚いた。
昨日、新宿さんとぶつかるようなことがあっただろうか。
それも、新宿さんが僕を受け止めるようなことが。
いや、昨日はたしか……。
頭の中に、何かがぼんやりと浮かんできた。
でもそれはまるで陽炎のようで、掴み取ろうとすると、たちまちかき消えてしまう。
「……逆って……」
新宿さんが不思議そうに僕の言葉を繰り返す。
「あ、えっと……」
慌てて取り繕おうとしたら、新宿さんは意外な言葉を口にした。
「俺も……逆だなって思った。何でだかは分からないけど」

新宿さんは、ゆっくりと僕から体を離した。
少し乱れてしまった髪の毛を手櫛で整えながら、何かが気になる様子で小首をかしげている。
「なんか、変な感じだな……」
僕と新宿さんが揃って『逆だ』と感じたということは、僕が気になっていた六花ちゃんの一件と、何か関係があるのだろうか。
でも、さっき掴みそうだった記憶の断片はすっかり無くなってしまっていて、そのことを裏付けることはできない。
それはちょうど、見ていた夢を思い出そうとしても思い出せずに忘れていってしまう感覚に似ていた。
そんなものは最初からなかったのだと言わんばかりに、霧散していく。
後に残るのはただ、ふわふわとした不思議な感覚だけ。

「……っと、相談だっけ?」
新宿さんは僕に向き直って、尋ねた。
「うん……でも、いいんだ」
「いいのか?」
僕は小さくうなずく。
この不思議な感覚が何なのか、心に引っかかっていることが何なのか――それがどうにも気になって落ち着かなくて、だから相談したかった。
でも、なぜか今は『それでいい』と思っている。
原因や正体が分からなくてもいい。
ただ、優しくて温かいこの感覚だけがあればいいのだ、と。

「そういえば、起こしちゃってごめん」
「いや……そろそろ起きないと、うるさいのがいるから」
新宿さんは、気持ち良さそうに大きく伸びをする。
それとは逆に、僕は自分の体を自分でそっと抱きしめた。
手がかりになりそうな記憶は全部見失ってしまったけれど、ひとつだけ、はっきりと残っているものがあった。
それは、間近で感じた、新宿さんの体温。
さっき触れ合った体の熱は、間違いなく以前に……それも、ごく最近に感じたものだった。
僕には、そんなことをした記憶はない。
でも、あの熱を感じたことだけは確かだと、そう断言できる。

その熱が逃げてからっぽになった腕の中は、ひどく寂しく感じた。
「……新宿さん」
僕は、そっと手を伸ばす。
それに気づいて、新宿さんが肩越しに振り返る。
「ん?」
「手……握ってもいい?」
新宿さんは面食らった様子で、僕を見つめ返す。
「いや、いいけど……。でも、何だよいきなり……」

その返事はもっともだ。
いきなりそんなことを言われたら、僕だって困惑するだろう。
かといって、僕は自分の感じている気持ちを、うまく説明できない。
一言で表すなら……『新宿さんの体温が恋しい』になるのだろうか。
そんなこと、もっと言えるはずがない。
「えっと……何でもない。……ごめん、忘れて」
伸ばした手を戻そうとした瞬間、新宿さんにすくい上げられた。
「……これでいいのか?」
握られた手から、新宿さんの熱が伝わってきた。
さっきまでの寂しさが一瞬で無くなってしまうほど、その熱は急速に僕の中を満たしていく。
それは記憶の中の熱とも、さっき感じた新宿さんの体温とも違う感じがした。
もっと温度が高く、それでいて、とても心地いい。
「……うん」
新宿さんが僕の手を握る力が、少しだけ強くなった。
優しくて温かい熱が、さらに僕に流れ込んでくる。
なぜだかそのことがとても嬉しくて、僕も新宿さんの手をぎゅっと握り返したのだった。